エジプトの第一八王朝(前一五八0~三一五0年)の時代の墓碑に優美に描かれたたれ足の若者は、おそらくウイルス感染の最も古い記録であり、それはまた麻源性のポリオ(急性灰白髄炎)が古い病気であることを私たちに示している。
しかしながら、この病気が大きな公衆衛生上の問題になったのはようやく二0世紀になってからであり、それも主として工業化した国においてであった。
ヨ-口ツパと北アメリカでは、ポリオ流行は一九四0年代と一九五0年代にピークに達し、次いで発展途上国における主要な衛生問題として浮上し始めたとたん、その流行は突如として姿を消した。
この病気は現在世界的な根絶に成功しつつあるけれども、まだインドとパキスタンに危険地帯が残っている。
一00年も経たないうちに起こったこのような顕著な疾病パターンの変化は、人間の生活様式の変化がウイルスの生態に深く影響を及ぼしたことの結果なのである。
ポリオウイルスは、インフルエンザウイルスと同じように、生き延びるためにひとつの宿主から次の宿主へと急速かつ連続的に移動しなければならない。
しかしポリオは、感染した人たちに対して非常に破壊的であったけれども、どちらかと言うとまれな病気であり、インフルエンザ規模の流行や汎流行を引き起こしたことは一度もなかった。
一九五0年代に予防接種が採り入れられるまでは、ポリオは非常に恐れられた病気であった。
それはふつう夏に襲ってきて、たいてい裕福な家庭の子供たちが侵された。
この病気はしばしば何の前兆もなしに始まり、ウイルスが体中を広がるにつれて、頭痛、発熱、暇吐、項部硬直などを引き起こした。
次いでウイルスは中枢神経系、とくに脊髄の細胞を標的にしたため、この週には完全な健康体であった子供が次の週には永久に麻癖してしまうほどに神経に損害を与えた。
筋肉の一部分から実質的に体全体に至るまでどこでも侵されえた。
このウイルスが、呼吸に使われる筋肉の神経を攻撃したとき、犠牲者たちは鉄の肺のなかで生きることを運命づけられた。
多くの著名人がポリオに苦しんだ。
S・W・Sは回復したが不自由な足と引替えであったし、F・Rは四0歳になってから胸から下が永久に麻痺してしまった。
咳とくしゃみが病気を広げるポリオ研究の歴史は不運な歴史であり、これがなぜウイルスの証明からワクチンの生産まで五0年近い歳月がかかったかを説明するのに大いに役立つ。
一九0八年に、ウィーンで働いていたC・RとE・Pは、ポリオで死んだ九歳の少年の脊髄から採った憶過抽出液を使って二匹のアカゲザルにポリオをうつし、ウイルスを発見することに成功した。
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